東京地方裁判所 平成6年(ワ)11104号 判決 1996年3月26日
原告
本橋英
右訴訟代理人弁護士
松田豊治
同
竹川忠芳
被告
日本生命保険相互会社
右代表者代表取締役
伊藤助成
右訴訟代理人弁護士
長谷川宅司
被告
株式会社三菱銀行
右代表者代表取締役
若井恒雄
被告
ダイヤモンド信用保証株式会社
右代表者代表取締役
丹後忠次郎
右両名訴訟代理人弁護士
小沢征行
被告
乙山一郎
右訴訟代理人弁護士
伊藤亮介
同
寺澤幸裕
主文
一 原告の主位的請求を棄却する。
二 被告日本生命保険相互会社及び被告乙山一郎は、原告に対し、連帯して金九五四万七二一八円及びこれに対し被告日本生命保険相互会社にあっては平成六年六月二四日から、被告乙山一郎にあっては同月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告の被告日本生命保険相互会社及び被告乙山一郎に対するその余の請求並びに被告株式会社三菱銀行及び被告ダイヤモンド信用保証株式会社に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用のうち、原告に生じた費用の五分の一を被告日本生命保険相互会社及び被告乙山一郎の連帯負担とし、被告株式会社三菱銀行及び被告ダイヤモンド信用保証株式会社に生じた費用は原告の負担とし、その余は各自の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
一1 (主位的請求)
(一) 被告らは、原告に対し、連帯して、金八四七万一六一三円及びこれに対し被告日本生命保険相互会社にあっては平成六年六月二四日から、被告株式会社三菱銀行、同ダイヤモンド信用保証株式会社及び同乙山一郎にあっては同月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 被告株式会社三菱銀行と原告の間において、別紙融資契約目録一記載の借入金額残金金八八九〇万円の債務の存在しないことを確認する。
2 (予備的請求)
被告らは原告に対し、連帯して、金九七三七万一六一三円及びこれに対し被告日本生命保険相互会社にあっては平成六年六月二四日から、被告株式会社三菱銀行、同ダイヤモンド信用保証株式会社及び同乙山一郎にあっては同月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告ダイヤモンド信用保証株式会社は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物についてなされた平成二年一月一二日東京法務局武蔵野出張所受付第五四八号の別紙登記目録記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
第二 事案の概要
一 前提となる事実
1 原告は、昭和三年一月二日生まれの無職の女性で、平成元年末当時、六一歳で、所有する賃貸アパートからの賃料収入によって生計を立てていた者である。松本徳子(以下「松本」という。)は、被告日本生命保険相互会社(以下「被告保険会社」という。)の保険外務員である。黒木順一(以下「黒木」という。)は、平成元年当時、被告三菱銀行(以下「被告銀行」という。)吉祥寺支店副支店長だった者である。被告乙山一郎は、税理士である。
2 原告は、被告保険会社との間で、平成二年一月一日付けで別紙保険契約目録記載の保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
3 原告は、平成元年一二月七日、被告銀行から一億七〇〇〇万円を手形貸付の方法で借り受け、(以下「本件融資契約(一)」という。)、同日、被告保険会社に対し、本件保険契約の保険料として計一億三六三七万七七二五円を支払った。
原告は、同月二六日、被告銀行との間で、本件融資契約(一)に係る貸金を借り替え、別紙融資契約目録一記載の金銭消費貸借契約(以下「本件融資契約(二)」という。)を締結し、同日、一億七〇〇〇万円を借り受けた。
原告は、平成四年六月二六日、被告銀行との間で、別紙融資契約目録二記載の金銭消費貸借契約(以下「本件融資契約(三)」という。)を締結し、同日、一二〇〇万円を借り受けた。
原告は、平成元年一二月二六日、被告ダイヤモンド信用保証株式会社(以下「被告保証会社」という。)との間で、本件融資契約(一)及び(二)に基づく債務を担保するため、極度額三億円の保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という。)を締結し、原告は、被告保証会社に対し、保証料、事務手数料及び消費税として三三六万四六〇〇円を支払った。
また、原告は、平成四年六月二六日、本件保証委託契約に基づき、被告保証会社に対し、本件融資契約(三)に基づく債務の保証を委託し、原告は、被告保証会社に対し、保証料、事務手数料及び消費税として、二四万五八一二円を支払った。
原告は、平成元年一二月二六日、被告保証会社との間で、本件保証委託契約に基づく求償権を担保するため、原告所有の別紙物件目録記載の土地及び建物に対し、極度額を三億三〇〇〇万円とする根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権設定契約」という。また、本件保険契約、本件融資契約(一)及び同(二)、本件保証委託契約並びに本件根抵当権設定契約を総称して、「本件各契約」という。」を締結し、平成二年一月一二日、別紙登記目録記載の根抵当権設定登記手続を行った。
4 原告は、平成五年四月二八日、本件保険契約を解約し、同月三〇日、被告保険会社から解約払戻金等として九三一四万一六三一円を受領した。原告は、同年五月七日、被告銀行に対し、本件融資契約(二)について、元金八一一〇万円及びこれに対する平成五年四月二七日から五月七日までの利息一一万三〇四〇円並びに繰上返済手数料五一五〇円を支払い、また、本件融資契約(三)について、元金全額に当たる一二〇〇万円及びこれに対する平成五年四月二七日から五月七日までの利息一万六七二六円並びに繰上返済手数料三〇九〇円を支払った。
(以上の事実は、当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により認めることができる。)
二 原告の主張
1 本件各契約の締結に至る経緯
原告は、夫である亡本橋保純(以下「保純」という。)が昭和六三年一二月一八日に死亡したため、その相続税の申告をしなければならなかったところ、原告と取引のあった被告銀行吉祥寺支店の黒木から被告乙山を紹介された。
原告は、平成元年秋ころ、被告乙山に対し、次の相続(原告死亡時の相続)のために何かいい手はないかと質問したところ、被告乙山及び当時税理士になるための勉強をしていた被告乙山の妻が、原告に対し、「相続税対策にいい保険がある」と答えた。
間もなく、被告乙山は、原告に対し、「保障額 三億円 六二歳女性」と題する私製のシミュレーション(以下「本件シミュレーション」という。)の表を見せ、「運用して益が出るから、一銭もなくても、借金しても損はない」などと言い、当該保険に加入すれば、財産が確実に増加し、相続発生時の相続税対策になる旨説明した。その際、被告乙山は、保険料をどのように運用するかは全く説明しなかった。そして、本件シミュレーションによれば、保険加入後、三年後には解約返戻金が保険料を上回り、また、加入後の経過年数によって運用益が増える一方ということであった。
原告は、本件シミュレーションを見せられた上での被告乙山の説明を聞いて、被告銀行の紹介した税理士の話であるから、全く疑うことなく、右保険に加入したいと思い、被告銀行吉祥寺支店に行った際、被告銀行の担当者に対し、被告乙山から一銭もなくても加入できるいい保険があることを聞いた旨話した。
黒木は、その後、すぐに、原告に対し、被告保険会社武蔵野支社吉祥寺南営業支部指導所長である松本を紹介した。松本は、原告に対し、「もうわかっておられますね」とだけ言い、資料も全く見せず、また、本件保険契約に関する説明も全くせず、原告に本件保険契約を締結させるための手続を開始した。松本は、まず、平成元年一一月二一日、原告に健康診断を受診させ、同年一二月二日、原告に対し、被告保険会社から、審査が通った旨の連絡があった。そして、同月七日、被告銀行吉祥寺支店の応接室に黒木、松本、被告乙山及び原告が集まり、原告は、本件保険契約及び本件融資契約(一)を締結した。その後、同月二六日、原告は、右同所において、被告銀行の担当者から本件融資契約(二)、本件保証委託契約及び本件根抵当権設定契約の各契約書の他、念書、確認書等に署名捺印させられ、本件各契約を締結するに至った。
本件各契約締結後、原告は、被告乙山から相続税納税資金対策の報酬という名目で、本件保険契約の紹介料を請求され、平成二年一月八日、被告乙山に対し、一〇万円を支払った。
2 本件保険契約の特殊性及び危険性
(一) 本件保険契約は変額保険である。変額保険は保険料の一部を特別な勘定として他の資産と分けて株式及び公社債等の有価証券に投資して運用し、その運用実績により保険金額及び解約返戻金を変動させる仕組みの保険であり、死亡保険金のみが保証されている。
変額保険は、株価や為替等の変動が、直接に保険金等に連動し、保険会社の運用により又は加入時期により保険金等に大きな格差が出るため、運用リスクは保険契約者が負担するもので、極めて投機的な性格を有する保険である。また、その複雑な仕組み自体、一般市民には理解することが極めて困難である上、従前から普及していた定額保険と性質を全く異にする。さらに、保険契約者が保険料の運用に関する情報を常に容易に入手できるわけではなく、適切な時期に契約を解約することが極めて困難である。
右に述べた変額保険契約の特殊性及び危険性を踏まえれば、一般市民に対して変額保険への加入を勧誘する場合、客観的具体的な資料を豊富に示した上で、右に述べたリスクを一般市民でも十分に理解できるように説明すべきである。すなわち、パンフレット等の例示を当該当事者が加入を考えている保険金額及び保険の種類等のもと、当該当事者の年齢及び性別等を考慮し、保険料を試算する場合には、プラス運用のいくつかの段階を想定することはもちろん、マイナス運用のいくつかの段階をも想定して具体的な試算を示し、その危険性を十分に理解させるべきである。さらに、長期的な見通しを視野に入れ、最悪の場合についても具体的な説明を要するし、死亡保険金の最低額保証だけでなく、解約返戻金についても十分説明すべきである。
(二) 本件保険契約は、保険契約者の自己資金によるものではなく、不動産を有する者の将来の相続税対策と銘打ったもので、本件各契約を締結して多額の債務を負うことを前提とするものである。相続税対策として変額保険を利用する場合、右に述べた変額保険自体の理解の困難性に加え、特別勘定の運用利益、借入金の利率及び不動産価格にそれぞれ変動があり、かつ、各変動が相互に複雑に関係するのみならず、さらに、被保険者が被相続人本人か相続人かで、相続税だけでなく所得税の税率も考慮しなければならない場合が生じる等、一般市民にとって合理的な判断をすることは不可能に等しい。しかも、場合によっては、相続税対策どころか負債のみが残る危険性もある。
また、本件保険契約は終身の生命保険であり、年月の経過及び経済情勢の変化如何によっては、利息の借入れによって膨れ上がる債務が不動産価格を上回るという事態も起こりうる。このような場合、自己資金で巨額の利息の返済を行うことになるが、本件保険契約締結時に行った借入れは、相続税対策の見地から担保不動産の処分以外には返済不可能な額に達している。したがって、保険契約者は借入債務の期限の利益を喪失せざるを得ず、その結果、本件保険契約の中途解約を余儀なくされ、解約返戻金により借入金の返済を行うことになる。右中途解約時の解約返戻金の額によっては、相続税対策をしようとした当該財産自体を失う事態も十分に想定できる。したがって、一般市民に対し、このような保険へ加入することとともに巨額の債務を負担することを勧誘する場合には、存命中に、当該相続財産自体を失い、相続税対策の前提すら失う危険性が大いにあることを十分に説明すべきである。また、何ら事業も行わず、収入のない者に、当該相続財産自体を失ってしまう危険性が大いにある保険への加入を勧めること自体、違法である。
3 本件各契約の相互関連性
本件各契約は、いずれも相互に関連した一体のもので、被告らの相互協力がなければ、原告の資力及び年齢等からみて、本件各契約が成立することはなかった。
すなわち、被告保証会社は、被告銀行の子会社であり、また、被告銀行は、顧客に被告保険会社を紹介しているもので、本件保険契約の勧誘から本件各契約の締結に至るまで、一体的協力関係を保ってきた。本件においては、黒木が税理士として紹介した被告乙山が、原告に対し、本件保険契約の勧誘を行い、その紹介料を原告から取得し、しかも、被告乙山が立ち会った上で本件各契約締結に至っている。右事業協力によって、被告保険会社は莫大な保険料収入を、被告銀行は多額の融資に基づく利息収入を、被告保険会社は保証料収入を得てきた。
したがって、本件保険契約を除く本件各契約及び被告乙山の勧誘行為は、本件保険契約締結のための手段としての意味を持つもので、被告らはこのことを知悉しており、本件各契約は、いずれも相互に関連した一体のものである。
4 被告らの責任原因
(一) 詐欺
被告乙山は、前記2に述べた本件保険契約の危険性を一切説明せず、前記1で述べたように本件保険契約が必ず有効な相続税対策となる、いかなる場合にも絶対に損失を被ることはないなどと重要な事実を告知せず、かつ、虚偽の事実を告げて、原告に本件各契約締結を勧誘した。原告は、その結果、本件保険契約が必ず有効な相続税対策となり、かつ、いかなる場合にも絶対に損失を被ることはない、本件保険契約を締結することが安全で有利であると誤信して本件各契約を締結した。
本件保険契約は、被告乙山の詐欺により、さらには、前記3で述べたとおり本件各契約締結に伴う一連の行為により被告らが一体として、また、被告保険会社、被告銀行及び被告保証会社が自らの社会的信用が高いことを利用して行った詐欺により締結されたものである。仮に被告保険会社が詐欺を行っていないとしても、被告保険会社は、被告乙山の右詐欺行為につき悪意である(民法九六条二項)。
本件融資契約(一)ないし(三)、本件保証委託契約及び本件根抵当権設定契約も、本件保険契約と同様な詐欺により締結されたものである。仮に被告銀行及び被告保証会社が詐欺を行っていないとしても、被告銀行及び被告保証会社は、被告乙山の詐欺行為につき悪意であった(民法九六条二項)。
原告は、本件各契約を本件訴状をもっていずれも取り消す旨の意思表示をし、右訴状は被告保険会社につき平成六年六月二三日に、被告銀行及び被告保証会社につき同月二二日にそれぞれ到達した。
(二) 錯誤
原告は、前記2に述べた変額保険の特殊性及び危険性を全く知らず、運用のリスクは全くないものと誤信して本件保険契約を締結した。このような誤信がなければ、原告は、本件保険契約を締結しなかったものであり、本件保険契約締結には要素の錯誤がある。
また、前記2に述べたように、本件各契約を締結しても相続税対策にならず、相続税時に負債のみが残る場合や保険契約者の生存中に当該相続財産を失ってしまう場合もある。しかし、原告は、本件各契約を締結すれば、必ず相続税対策になるものと誤信して本件各契約を締結した。このような誤信がなければ、原告は本件各契約を締結しなかったものであり、原告は、相続税対策として本件各契約を締結する旨の動機を被告保険会社、被告銀行及び被告保証会社に対して表示した。したがって、本件各契約締結には要素の錯誤がある。
(三) 契約締結上の過失による契約の解除
前記(一)及び(二)の各主張が認められないとしても、被告保険会社、被告銀行及び被告保証会社は、いずれもわが国を代表する有力な企業であり、変額保険、相続税法等本件各契約に関連した十分な知識、経験を有しており、原告に巨額の借入金債務を負担させ、変額保険に加入させる場合には、事前に十分な情報提供をし、誤解の生じないように説明すべき保険募集の取締に関する法律(以下「募取法」という。)、信義則上の義務がある。にもかかわらず、被告保険会社、被告銀行及び被告保証会社は、右義務に違反したのであって、相続税対策という契約の実質的目的に照らせば、履行不能又は不完全履行に準じ、原告は本件各契約の解除権を有する。したがって、原告は、被告保険会社、被告銀行及び被告保証会社の右信義則上の義務違反に基づき、本件各契約を本訴状をもっていずれも解除する旨の意思表示をし、右訴状は被告保険会社につき平成六年六月二三日、被告銀行及び被告保証会社につき同月二二日にそれぞれ到達した。
(四) 募取法等の違反(予備的責任原因)
被告乙山は、生命保険募集人でないにもかかわらず、変額保険の加入者を募集するため、前記1で述べたとおり原告を勧誘した(募取法九条違反)。さらに、被告乙山は、原告に対し、前記1で述べたとおり本件保険契約に係る重要な事実を告知せず(募取法一六条一項一号違反)、また、「保障額 三億円 六二歳女性」と題する被告乙山作成の本件シミュレーションを勧誘に使用した(募取法一四条違反)。また、被告乙山の勧誘は、昭和六一年七月一〇日大蔵銀第一九三三号通達に違反するものである。さらに、被告乙山の行った勧誘行為は、詐欺にも該当するものである。したがって、被告乙山は原告に対し、不法行為責任を負う。
被告保険会社の使用人である松本は、前記1で述べたとおり原告に本件保険契約に係る重要な事実を全く告知しなかった(募取法一六条一項一号違反)。さらに、被告保険会社は、被告乙山が重要な事実を告知せず、かつ、虚偽の事実を告げる方法により原告を勧誘したことを知りながら、事実を正確に認識することのない原告が本件保険契約を締結することが安全で有利であると誤信しているのに乗じ、本件各契約を締結させた。右のような被告保険会社の勧誘行為は、前記3で述べたとおり他の被告らの行為と相まって一体として詐欺に該当する。したがって、被告保険会社は、原告に対し、不法行為責任及び使用者責任を負う。
被告銀行及び被告保証会社の行為は、右に述べたのと同様、他の被告らの行為と相まって一体として詐欺に該当する。したがって、被告銀行及び被告保証会社は、原告に対し、不法行為責任を負う。
5 原告に生じた損害及びその額
原告は、本件保険契約締結以降、全ての月において、保険会社の資産運用がマイナス運用であり、また、平成五年七月ころに、本件融資契約(二)の利息の支払いのため被告銀行から融資を受けざるを得なくなったため、本件保険契約の解約に追い込まれた。右解約の結果、原告に生じた損害は次のとおりである。
(一) 前記4の(一)ないし(三)の場合(本件各契約が無効、取消又は解除により、本件融資契約に係る元本債務が不存在となる場合)
(1) 損害額
計一億八六二一万一九六五円
本件保険契約の保険料
一億三六三七万七七二五円
本件融資契約(一)の利息
八三万八三五六円
本件融資契約(二)の利息(元本一億七〇〇〇万円に対する平成元年一二月二七日から平成五年四月二六日までの利息)
三九一九万二〇六九円
本件融資契約(二)の利息(元本八一一〇万円に対する平成五年四月二七日から同年五月七日までの利息)
一一万三〇四〇円
本件融資契約(二)の利息(元本八八九〇万円に対する平成五年四月二七日から平成六年四月二六日までの利息)
三八〇万六〇二七円
本件融資契約(三)の利息
五六万九二二六円
本件融資契約(一)ないし(三)に係る印紙代 一六万五六〇〇円
本件保証契約の保証料
三六一万〇四一二円
本件保証契約の担保査定費用
六五七〇円
本件保証契約の登記手続費用
一四二万四七〇〇円
本件保証契約の繰上返済手数料
八二四〇円
被告乙山に対する紹介料
一〇万〇〇〇〇円
(2) 既に補填された額
計九四八四万〇三五二円
本件保険契約の解約返戻金
九三一四万一六三一円
手形貸付に基づく利息
二万七九四五円
本件保証契約の戻し保証料
一六七万〇七七六円
(3) したがって、原告に生じた損害は、前記(1)の額から前記(2)の額及び債務不存在であることが確認される本件融資契約(二)に係る残債務八八九〇万円を控除した計二四七万一六一三円に、原告が本訴提起を原告代理人に委任するに当たり、弁護士費用として、日本弁護士連合会報酬基準に基づき、着手金及び報酬金として支払う旨約した六〇〇万円を加算した計八四七万一六一三円である。
(二) 前記4の(四)の場合(本件各契約が有効であるとしても、被告らに不法行為責任が生じる場合)
前記(一)の(1)の額から前記(一)の(2)の額を控除した計九一三七万一六一三円に、原告が本訴提起を原告代理人に委任するに当たり、弁護士費用として、日本弁護士連合会報酬基準に基づき、着手金及び報酬金として支払う旨約した六〇〇万円を加算した計九七三七万一六一三円である。
6 よって、原告は、主位的に、本件各契約について詐欺に基づく取消、錯誤又は契約締結上の過失に基づく解除を理由として、被告銀行に対し、別紙融資契約目録一記載の八八九〇万円の残元本債務が存在しないことを、被告保証会社に対し、本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を、被告らに対し、連帯して前記5の(一)記載の損害賠償金八四七万一六一三円及びこれに対する被告保険会社にあっては訴状送達の日の翌日である平成六年六月二四日から、被告銀行、被告保証会社及び被告乙山にあっては訴状送達の日の翌日である同月二三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、予備的に、本件各契約締結の際の不法行為を理由として、被告らに対し、連帯して前記5の(二)記載の損害賠償金九七三七万一六一三円及びこれに対する被告保険会社にあっては訴状送達の日の翌日である平成六年六月二四日から、被告銀行、被告保証会社及び被告乙山にあっては訴状送達の日の翌日である同月二三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
三 被告保険会社の主張<省略>
四 被告銀行及び被告保証会社の主張<省略>
五 被告乙山の主張
1 被告乙山は、平成元年一月一九日午後二時、黒木の紹介で、被告銀行吉祥寺支店二階の応接室で原告に初めて会い、原告の夫である保純の死亡に関する本橋家の相続税の申告手続を引き受けた。被告乙山は、その後、同年六月一九日付けで相続税申告書を提出した。
2 被告乙山は、同年六月三日、巻き尺を持参して、被相続財産であるアパート敷地、自宅、私道等の間口距離、奥行距離を実測して、相続税申告資料の確認作業を終了し、同月八日ころまで財産及び債務の確定と税額計算を進めていた。
また、具体的な遺産分割の段階では、保純の死去に伴う相続税の納付だけでなく、原告本人の将来の相続のことも検討課題となった。そこで、被告乙山は、右相続税対策も含めて同月一〇日及び一一日に、原告の自宅を訪問し、協議を重ねたが、その際、被告乙山は、原告に対し、次のような説明を行った。
すなわち、今回の相続では、原告は配偶者の立場であるから、配偶者の税額軽減措置が適用され、かなりの優遇税額となるが、例えば原告が二〇年後になくなった場合には、原告の財産を承継する子供たちには優遇措置はなく、又、土地の評価額はかなり上昇しているであろうから、子供たちの相続税の負担はかなり重くなると思われる。したがって、原告が亡くなった時の子供たちの相続税を軽減するためには、現在多少の相続税の増加を覚悟しても、子供たちに土地を相続させるという方法がある。また、原告の相続税対策としては、(一)自宅に賃貸住宅を建て、土地の評価の引下げを図ること、(二)特に土地など将来値上がりするものについては、子供あるいは孫に生前贈与しておくこと、(三)養子縁組をすると累進税率の緩和など節税効果があること、(四)トラブル防止策として遺言書を作成すること、(五)(以上の方法を講じても相続税は発生するであろうから、)納税資金対策として生命保険の加入と物納を検討することが考えられる。ただし、相続税対策の具体的な実施については、それぞれの専門家を紹介するので相談してほしい。また、右の相続税対策といっても完璧なものではなく、例えば(一)の方法については、アパートを建てても入居者が集まらなかったり、入居者とのトラブルが生じる可能性もあるので、これらのデメリットも考慮して、慎重に相続税対策を選択し、実行する必要があることなどを口頭で説明した。
原告は、保純がアパート経営を行っていたことから、賃貸住宅経営の苦労はよく分かっているとのことであった。また、原告は、保純の死亡により三口合計一三六二万九九一五円の生命保険金を取得していたところ、右生命保険金について相続税が非課税となったことから、生命保険の加入についても相続税対策として興味を示し、被告乙山に対し、「私(の年齢)でも入れるかしら」と質問した。これに対し、被告乙山は、生命保険の知識はなかったことから「年齢制限はあると思いますが、原告が入れるかどうかはわかりません」と答えて、そのままになってしまっていた。
3 原告の平成元年六月一九日付け相続税申告書に対する平成元年一〇月一七日の武蔵野税務署の税務調査で、原告は、武蔵野税務署から申告漏れ財産について多数指摘された。右申告漏れ財産については、被告乙山は原告本人からの説明を受けていなかったことから、その後一か月間はそれらの申告漏れ財産の資料収集と税務署への事情説明のために頻繁に原告及び武蔵野税務署担当官と接触し、また、他の顧客のための通常の法人決算、月次監査等もあって、被告乙山は多忙を極めていた。
右のような状況の中で、平成元年一一月一一日ころ、被告乙山は、原告から原告が死亡した場合の相続税節税対策についての質問をされたので、被告乙山は、前記2と同様の説明を口頭で行った。さらに、原告は、「三菱銀行の担当者からいい生命保険があると聞いたがどうでしょうか」と具体的な質問があったので、被告乙山は、非課税枠があることや納税資金となることなど生命保険加入の相続税における一般的な役割について説明した。ただ、被告乙山は、具体的な生命保険の商品内容や仕組み、手続については知識がないので、黒木から以前に紹介され、二、三度会ったことのある松本を紹介する旨原告に伝え、原告はそれを了承した。
被告乙山は、その後、松本に原告の件を電話連絡し、直接原告を訪問してもらうように依頼した。また、被告乙山は、申告漏れとなっていた内外証券本店の残高証明の入手の依頼と同月二二日の税務署での最終協議について打合せをするために、同月一五日午後四時、原告の自宅を訪問したときに、松本が原告を訪問したいと言っているが、都合はどうかを尋ね、原告の予定を事務所に帰ってから松本に電話した。その後、松本は、単独で原告を訪問し、生命保険についての説明をしたと思われる。被告乙山は、同月三〇日、相続税修正申告書を武蔵野税務署に提出してから以降、原告と直接会ったことはなく、したがって、原告主張に係る平成元年一二月七日の本件保険契約の締結に被告乙山は立ち会っていない。
4 被告乙山が原告から支払いを受けた一〇万円は、前記2及び3で述べた色々な相続税対策全体のアドバイス料(税理士報酬)に相当するものである。
六 争点
1 本件各契約について、原告に錯誤があり、又は被告らに詐欺若しくは契約締結上の過失があったか否か
2 本件各契約締結の際に被告らに不法行為があったか否か
3 前記1又は2が認められる場合、被告らの行為と因果関係のある損害の発生及びその額
4 前記2が認められる場合、過失相殺の可否及び割合
第三 争点に対する判断
一 本件各契約締結に至る経緯について
<証拠略>によれば、本件各契約締結に至る経緯について、以下の事実が認められる。
1 原告は昭和三年生まれの女性であり、女学校を卒業した後、職業に就くことなく、昭和三〇年に東京都庁に勤める公務員である保純と結婚した。保純は昭和五三年に都庁を退職し、アパート賃料、年金等を収入としていたが、昭和六三年一二月に死亡した。保純の遺産は、その当時の価格で五億円を超えており、原告は、保純死亡に伴う相続税の申告手続をすることになった。そこで、アパートローンの融資を受けていた被告三菱銀行の吉祥寺支店黒木副支店長に、税理士の紹介を依頼したところ、黒木は、平成元年一月一九日、被告乙山を原告に紹介した。
被告乙山は、同年六月一九日、被相続人を保純とする相続税申告書を税務署に提出した。ところが、一〇月一七日、原告は、右相続税申告について武蔵野税務署の税務調査を受け、被告乙山が、修正申告に係る事情説明や手続を行い、一一月三〇日、修正申告書を提出した。
原告は、平成元年一一月初めころ、武蔵野税務署に修正申告の件で赴いた帰りに、被告乙山に、原告自身が死亡した際の相続税対策について尋ねた。これに対し、被告乙山は、銀行から土地を担保に保険料を借り入れ、生命保険に加入する方法等がある旨を話した。
原告は、右説明を聞いて、生命保険に加入したいと考え、被告銀行吉祥寺支店に行った際、被告銀行の担当者に対し、被告乙山から相続対策としていい保険があることを聞いた旨話した。
原告の右希望を受けて、黒木は、一四日、松本に対し、相続対策として保険に入りたい人がいて、資産家なので保険金額三億円くらいでどうだろうかと、原告のことを紹介した。また、同じころ、被告乙山も、松本に、相続対策で困っている人がいるとして、原告の生年月日と姓名を教えた。
松本は、黒木及び被告乙山からの紹介を受けて、保険金額三億円の場合、特別認可を受けないと機械印字できないため、保険金額を一億円として、一時払終身変額保険、一時払終身保険、七〇歳払込完了の終身保険及び終身払込型の終身保険の計四種類の生命保険契約の設計書を作成した。松本は四種類の設計書を作成してみて、死亡保険金が最も高額となる一時払終身変額保険が原告に最も有利な保険であると考えた。そして、松本は、「保障額 三億円 六二歳女性」と題する本件シミュレーション(甲第一六号証)を作成し、翌一五日、被告乙山の事務所を訪問し、右各設計書及び本件シミュレーションを届け、原告と面談の機会を取り計ってもらうよう依頼した。被告乙山は、同日午後四時ころ、原告宅を訪問し、その際、原告の都合を聞いて、翌一六日午後四時に、原告と松本が面談することになった。
被告乙山は、右原告宅訪問時に、松本から交付された本件シミュレーションを持参して、保険料は銀行からの借入金で賄い、相続時(保険金支払い時)に右借入金を返済し、残りを相続税納付資金とすれば、生保の利子の方が銀行の利子より高いので、借入金返済は十分可能であり、自己資金は必要ない旨説明した。本件シミュレーションは、銀行借入の金利が年6.2パーセント、変額保険の利回りが年九パーセントであることを前提として(なお、本件シミュレーションには右の点の記載がない。)、契約時から三年後、五年後、一〇年後、一五年後、二〇年後、二三年後のそれぞれについて、解約返戻金と借入金累計(当初借入金に複利計算による利息を合算した額)の差額及び死亡保障合計と借入金累計の差額を表示したものである。
松本は、一六日午後四時ころ、原告宅を訪問し、一対一で面談した。その際、松本は、被告乙山が予め原告に変額保険加入について説明を行ったとの前提のもとに、変額保険のパンフレットを交付して、一時払終身変額保険の概要について、基本保険金額の支払いは保証されていること等を口頭で説明した。また、予め設計書を作成した本件保険契約以外の三種類の保険については、勧誘しなかった。
原告は、松本との面談時にその場で契約締結を決意し、生命保険申込書に署名押印した(右申込書は不動文字以外の部分は空欄であった。)。そして、松本は、「ご契約のしおり(定款・約款)」と証券入れを交付し、原告に受領印の押印をしてもらった。右「ご契約のしおり」では、本件保険契約の保険金、解約払戻金及び特別勘定の資産運用等が図解入りで説明され、特別資産勘定の運用実績によっては、解約返戻金が大きく異なりうることが、運用利回り九パーセント、4.5パーセント、〇パーセントの例を引いて、説明されている。この一六日夕方の松本との面談時間は一時間程度であった。
原告は、同月二一日、医師による診査を受け、被告保険会社は、本件保険契約の締結を承諾することにした。また、松本は、一一月二〇日、被告乙山に原告が保険に加入したことを連絡し、同月二一日、被告銀行の下山に保険契約申込書の写しを交付した。
被告銀行は、一二月七日、原告に対し、本件保険契約の保険料及び当面の利息支払資金に充てるため一億七〇〇〇万円を手形貸付の方法により融資し(本件融資契約(一))、原告の普通預金口座に入金した。そして、同日、右口座から保険料計一億三六三七万七七二五円が振込によって被告保険会社に支払われた。その後、同月二六日、原告は、右手形貸付を本件融資契約(二)(長期総合ローン)に借り替える手続を行い、本件保証委託契約及び本件根抵当権設定契約の各契約書の他、念書、確認書等に署名捺印した。本件融資契約に係る一億七〇〇〇万円は、同日、原告の普通預金口座に入金され、平成二年一月四日、手形貸付の返済が行われた。
原告は、一二月二〇日、被告乙山から、相続税修正申告に係る報酬として計四四万円及び相続税納税資金対策(日本生命分)に係る報酬として一〇万円の支払いを請求され、平成二年一月八日、被告乙山に対し、右金額を支払った。
2 原告が本件保険契約を締結する経緯について、被告乙山は、被告銀行の担当者からいい保険があると聞いたがどうでしょうかと原告から質問があったので、生命保険の相続における役割(非課税枠があること、納税資金となること)を一般的に説明したことはあるが、変額保険そのものの勧誘や説明をしたことは一切ない旨供述する。また、相続税納税資金対策の報酬として一〇万円請求した点について、被告乙山は、自宅に賃貸住宅を建て評価の引き下げを図ること、特に土地など将来値上がりをするものについては、子供あるいは孫に生前贈与しておくこと、養子縁組をすると累進課税の緩和など節税効果があること、トラブル防止策として遺言状の作成をすること、納税資金対策として生命保険の加入と物納を検討すること等の相続税対策を平成元年六月と一一月に原告に説明したことについての報酬である旨供述する。
しかし、原告が被告銀行の担当者からいい保険があると聞いて被告乙山に相談をもちかけた旨の被告乙山の右供述は、黒木が原告か被告乙山のどちらかから生命保険の外交員を紹介してほしいとの依頼を受けた旨証言していること及び原告が相続税対策としての変額保険加入を考えていることを被告銀行に伝えた旨供述し、右供述が基本的に黒木証言と合致することに照らし、容易に信用できない。また、一〇万円の報酬請求に係る相続税対策の提案については、保純死亡に伴う相続税の申告手続を受任し、原告の資産関係を十分把握していたはずの税理士の提案としては一般論に終始し、被告乙山の証言する報酬算定方法も説得的とはいえず、結局のところ、内訳を明示して一〇万円の報酬請求をしたことと整合しないといわざるをえない。さらに、乙イ第九号証の三によれば、松本の一一月一五日付け活動日記に「乙山先生へ資料を届ける」「本橋さんへ持っていってくれる」との記載があることが認められ、松本が原告と最初に面談した時に保険料約一億三〇〇〇万円の本件保険契約の申込みがされた右認定事実をも併せ考えると、被告乙山が生命保険の相続税対策としての一般的効用の説明に終始し、変額保険そのものについては何ら説明しなかった旨の被告乙山の供述は容易に信用できない。一方、被告乙山の勧誘に関する原告の供述は、松本が本件シミュレーションを作成したことを推認できること及び松本が被告乙山に本件シミュレーションを交付したことを推認できること(後記3)に加え、原告が松本との一回の面談で本件保険契約締結を決意し、被告乙山が後に一〇万円の報酬請求したことからして、被告乙山が本件保険契約締結に至る過程で相応の役割を果たしたと考えるのが自然であることをも併せ考えれば、右1認定の限度で信用することができる。
3 原告と松本との面談時の変額保険の説明について、松本は、保険金一億円の設計書及び私製のシミュレーションを原告に示して説明した旨証言する。
まず、本件シミュレーションの作成者を検討すると、被告保険会社は、原告が甲第一六号証として提出する本件シミュレーションと類似したシミュレーション(死亡保証合計と借入金累計との差額欄がないこと等に違いがある。)を乙イ第七号証として提出し、松本は乙イ第七号証を作成したことは間違いない旨証言する。甲第一六号証と乙イ第七号証を対照すると、両書証の作成者は同一人物と考えるのが自然であり、甲第一六号証を松本以外の者が作成したことを伺わせるような事情を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の受け取った本件シミュレーションは、松本が作成したものと推認することができる。
次に、松本は、被告乙山に四種類の設計書を交付した旨証言する一方で、本件シミュレーションの交付については特に触れない。被告乙山が原告に本件シミュレーションを交付した旨の原告の供述及び松本の右証言態度を併せ考えると、松本が本件シミュレーションを被告乙山に交付したものと推認することができる。
ところで、前記2認定のとおり、乙イ第九号証の三によれば、松本の一一月一五日付け活動日記に「乙山先生へ資料届ける」「本橋さんへ持っていってくれる」との記載があることが認められ、被告乙山が資料を原告に交付してくれるものと松本が認識していたことを推認することができる。さらに、被告乙山が松本から四種類の保険設計書及び本件シミュレーションを預かり、そのうち本件シミュレーションを原告に交付した右1の認定事実及び原告本人尋問の結果に照らせば、松本が乙イ第七号証のシミュレーションを原告に直接交付して説明した旨の松本証言は容易に信用できない(乙イ第七号証は、松本が原告の受け取った本件シミュレーションを作成したことの裏付けとはなるものの、右乙イ第七号証を松本が原告に交付したことまで認定することはできない。)。
4 原告は、松本が本件保険契約について何ら説明を行わず、世間話に終始した旨供述するが、成約を期待して原告宅を訪問した松本が、一時間もの間、世間話に終始したとは考えがたく、右供述は容易に信用できない。また、原告は、「ご契約のしおり」は後日、保険証券と一緒に郵送されてきた旨供述する。しかし、松本が「ご契約のしおり」を予め被告乙山に交付していたことを伺わせる事情が認められないこと、保険契約申込書に右しおりの受領印があること及び松本証言に照らし、右供述部分は容易に信用できない。右認定判断及び松本証言(前記3で検討した乙イ第七号証のシミュレーションを交付した旨の部分を除く。)によれば、松本が本件保険契約について、口頭で概括的な説明を行った事実を認めることができる。
5 原告は、平成元年一二月七日、被告銀行吉祥寺支店で手形貸付(本件融資契約(一))を受けた際、被告乙山及び松本も同席していた旨供述する。しかし、右供述は、松本証言、黒木証言及び被告乙山本人尋問の結果に照らし、容易に信用できない。
二 本件保険契約加入を原告に勧誘すること自体の違法性
1 乙イ第三号証及び弁論の全趣旨によれば、本件保険契約について以下の事実が認められる。
本件保険契約は、変額保険である。変額保険は、保険金額が特別勘定の資産の運用実績に基づいて増減する生命保険であって、被保険者が死亡又は高度障害状態に陥った場合には、基本保険金及び変動保険金が保険金として支払われる。本件保険契約において、基本保険金の支払額は保証されているが、変動保険金は運用実績によって、毎月、額が上下する。また、解約払戻金は、特別勘定資産の運用実績により毎日変動する。
本件保険契約を相続税対策として用いる方法がある。すなわち、所有する不動産を担保に融資を受け、右融資を保険料の支払いに充てて、被相続人予定者を被保険者として本件保険契約に加入する。その結果、右融資の元利金は負債として相続財産から控除され、被保険者死亡の際の死亡保険金で右借入金を返済し、剰余を相続税納付資金に充てることができる。また、死亡保険金は相続財産とみなされるが、非課税枠の範囲で相続財産に算入されない。
2 右認定事実に基づいて考えると、本件保険契約を原告に販売・勧誘すること自体が違法である旨の原告の主張は採用できず、他に原告の主張を基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はない。また、本件保険契約を相続税対策の方法として原告に販売・勧誘すること自体が違法である旨の原告の主張は採用できず、他に原告の主張を基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はない。
三 契約責任(主位的責任原因)の成否について
1 詐欺
前記一認定の事実を前提に考えると、被告らが、原告に損害が生じることを認識しつつ、故意に本件保険契約に関する重要な事実を告知せず、あるいは虚偽の事実を告知したとはいえず、他に被告らが詐欺をした事実を認めるに足りる証拠はない。
2 錯誤
前記一認定の事実を前提に考えると、本件各契約締結時に原告に錯誤があったとはいえず、他に本件各契約締結時に原告に錯誤があったことを認めるに足りる証拠はない。
3 契約締結上の過失
原告は、被告保険会社、被告銀行及び被告保証会社には、原告との間で本件各契約を締結するに際し、事前に十分な情報提供をし、誤解の生じないように説明すべき募取法、信義則上の義務があり、原告は右義務違反があった場合、解除権を有する旨主張する。しかし、被告保険会社らに右のような義務違反があったとしても、原告に本件各契約の解除権が生じるとはいえないから、原告の右主張は理由がない。
四 不法行為責任(予備的責任原因)の成否について
1 被告乙山について
前記一認定の事実に基づいて考えると、被告乙山は、原告の夫を被相続人とする相続税申告手続を担当した税理士であるから、原告が相続した資産の内容及び原告の収入の概略を十分把握していたというべきである。右のような立場にあった被告乙山は、原告の資産関係及び原告の収入の内容を具体的に踏まえた相続税対策を施すことができたはずであるが、前記一で認定した被告乙山の行った相続税対策としての本件変額保険の説明及び勧誘は、税理士が報酬請求をした事務内容であるにもかかわらず、依頼者である原告の具体的な資産関係及び収入の内容を踏まえることのない不十分なものであって、原告が相続税対策として変額保険に加入するかどうかを決する際に正しい判断材料を与えたとはいえない。本件の場合、被告乙山は、報酬請求したことに照らせば、原告の資産及び収入を踏まえた上、本件保険契約の運用率が低下した場合の問題点についても具体的に助言をすべきであったところ、むしろ本件保険契約の特別勘定の運用率が将来にわたって九パーセントないしその前後の高率で維持されるかのような誤った判断をもたらす説明を行ったものといわざるをえない。右のような説明は、税理士がその職務として行った税務上の助言としては不十分なもので、税理士が顧客に対して負っている職務上の説明義務に違反するというべきであり、被告乙山の行為は原告に対する不法行為に該当する。
2 被告保険会社について
前記一認定の事実によれば、被告乙山が説明に用いた本件シミュレーションは、松本が作成したものである。そして、松本は、被告乙山に交付した本件シミュレーション等の説明資料を被告乙山が原告に交付するものと認識していたものであり、現に被告乙山は本件シミュレーションを用いて原告に説明を行っている。これに加えて、松本自身も本件保険契約について原告に勧誘・説明を行っているが、本件保険契約当時六一歳の無職の女性に保険料約一億三〇〇〇万円の保険を保険料一時払、右保険料全額銀行借入れの方式により販売しようとしていたのであるから、前記一で認定した勧誘・説明によっては顧客である原告が適切な判断を下せるだけの説明を尽くしたとはいえない。本件保険契約勧誘には税理士である被告乙山が介在しているが、被告乙山の説明は前記1認定のとおり不適切であり、税理士の右不適切な助言に松本が関わっていたことが認められるのであるから、松本の本件保険契約についての勧誘行為は、被告乙山の勧誘とあいまって原告に対する不法行為に該当するのであって、被告保険会社は、原告に対し、松本の行為につき募取法第一一条に基づく責任を負う。
3 被告銀行及び被告保証会社について
前記一認定の事実を前提に考えると、黒木は、原告及び被告乙山の求めに応じ、松本を紹介したにとどまり、本件保険契約締結に際し、保険外交員を紹介する以上の関与をしたことを認めるに足りる証拠はない。また、被告銀行及び被告保証会社が、原告の本件保険契約締結に際し、積極的に原告に忠告・助言をすべき立場にあったことを認めるに足りる証拠もない。したがって、被告銀行及び被告保証会社の行為は不法行為に該当せず、他に被告銀行及び被告保証会社の不法行為責任を基礎づけるような事実関係を認めるに足りる証拠はない。
五 損害
1 保険料と解約返戻金との差額
原告は、本件保険契約の保険料として、合計一億三六三七万七七二五円を被告保険会社に支払い、その後、これを解約して、九三一四万一六三一円の解約返戻金を支払を受けたものであり(当事者間に争いがない)、その差額四三二三万六〇九四円は、被告乙山及び被告保険会社の前記不法行為により原告が適切な判断をすることができず、これによって原告が被った損害であると認められる。
2 銀行からの借入利息及び費用
原告は、前記保険料を支払うため、被告銀行から借入れ(右借入れに要する利息の支払のための借入れを含む)をし、そのための利息として、合計四四五一万八七一八円(本件融資契約(一)の利息八三万八三五六円、本件融資契約(二)の利息三九一九万二〇六九円、一一万三〇四〇円及び三八〇万六〇二七円、本件融資契約(三)の利息五六万九二二六円の合計額)を被告銀行に支払い、また、右融資に係る費用として、合計五二一万五五二二円(印紙代一六万五六〇〇円、保証料三六一万〇四一二円、謄本代六五七〇円、登記手続費用一四二万四七〇〇円、繰り上げ返済手数料八二四〇円の合計額)を支出したことが認められる(弁論の全趣旨)。
ところで、保険料一時払の方法により生命保険に加入する場合において、右一時払の保険料を銀行から借り入れた場合、一般的には、その利息は生命保険加入者が負担すべきものである。しかし、本件においては、被告乙山も被告保険会社も、原告が保険料を銀行からの借入金により支払う予定であることにつき予見していたものであり、このような場合に、右銀行利息を被告乙山及び被告保険会社の不法行為と因果関係のある特別の損害としてとらえうるかどうかが問題となる。
原告本入尋問の結果によれば、原告は、本件保険契約を相続税対策と考えるほか、銀行借入による有利な投資と考えてこれを締結したものであると認められる。すなわち、被告保険会社による資金の運用が一定の率以上の高率でなされた場合には、原告は、借入金の利息及び費用の負担を考慮しても、なお幾ばくかの利益を取得し、一方、借入金があるために、相続時の負債額はそれだけ増加し、相続財産の圧縮になると考えられていたものである。したがって、銀行借入による利息及び費用は、相続財産の圧縮のために必要と考えられていたほか、投資のための必要な費用であるとも考えられていたものである。
そして、本件保険契約が締結された平成元年末当時は、不動産の価格情勢は、いわゆるバブル経済が崩壊した平成四年前後以降現在までの状況とは全く異なっており、日時の経過とともに、不動産価格は銀行貸付の利率と同程度か、又はそれを上回って上昇する場合が多いと考えられていたのであり、不動産を所有し、相続税対策を講じる必要を感じていた原告としては、このことを十分に承知していたものと推認される。このような状況の中で、一時払の生命保険料につき、銀行貸付を受ける方法を選択するか、不動産等の一部を処分して現金を準備するかは、不動産等の資産を所有する原告の意思に委ねられていたものというべきである。すなわち、原告としては、相続の対象となるべき財産を処分して一時払保険料を捻出することもあり得たのであるが、相続税対策及び効率的投資という観点から借入を起こす方法を選択したものと考えられる。この原告の判断には、被告乙山の説明が寄与していないわけではないが、それは、当時の一般国民ないし原告の認識の状況からすれば、新規で重要な情報とはいえないものである。
ところで、本件においては、被告保険会社の投資効率が悪かったために、本件保険契約を締結したことは、結果として所期の利益には結びつかなかったのであるが、被告乙山及び被告保険会社の変額保険の勧誘上の不法行為の有無にかかわらず、右借入自体は、その当時の原告にとって合理的な理由のある投資行動ないし相続税節約行動であったものである。そのことを考えると、本件において原告が銀行から借り入れた利息及び借入のために要した費用は、原告の投資行動ないし相続税節約行動に伴う経費であり、被告乙山及び被告保険会社による本件保険契約締結の勧奨の際の不法行為と因果関係にある損害ということはできない。
本件保険契約の解約後においても、原告は被告銀行からの借入れを完済することができず、今なお被告銀行に利息の支払を継続していることが認められる(原告本人尋問の結果)。そして、この利息も、本件保険契約の解約により精算しきれなかったものであるから、解約前の利息と性質の異なる利息とはいえない。しかし、銀行の貸付行為が不法行為に当たるとして損害賠償を認める場合は格別、被告銀行の貸付行為は不法行為に当たるといえない以上、本件保険契約の解約の前後を通じ、これらの利息及び借入費用は、被告乙山及び被告保険会社による本件保険契約締結の勧奨の際の不法行為と因果関係のある損害ということはできないのである。
3 被告乙山に対する紹介料
前記一認定のとおり、原告は被告乙山に対し、本件保険契約の紹介に関し、一〇万円の報酬を支払っている。右金員は、前記のとおり不適切ではあったものの、被告乙山の税理士としての職務行為の対価として支払われたものであり、被告乙山の行為は、右金員を受け取った有償行為として注意義務違反の判断がされたものである。したがって、原告が右金員を支払ったこと自体を被告乙山及び被告保険会社の不法行為による損害と認めることはできない。
4 過失相殺
原告及び被告乙山の各本人尋問の結果によれば、原告は、本件保険契約締結の直前に保純の相続税(遺産総額五億円以上)をめぐって、税務調査を受けた上、税務署から呼出しを受けて申告漏れを指摘されるなどしており、同人から相続した財産について更に相続があった場合に備え、相続税対策を立てておく必要に迫られていると感じていたものである。また、原告は、保純の死亡により、生命保険金三口合計一三六二万九九一五円を取得し、これに対しては相続税が非課税になったことから、生命保険に関心を持っていたものである。
このような事情にあった原告は、被告乙山及び被告保険会社の勧誘を受けて、平成元年一一月一五日午後四時ころ、被告乙山と面談して本件シミュレーションを示しての説明を受け、同月一六日午後四時ころ、被告保険会社の松本の訪問を受け、保険料一時払変額保険の概略についての説明を聞いた上で、パンフレットや契約のしおりに記載された本件保険契約の特色について格別気を配ることなく、直ちに基本保険金額が三億円にも上る本件保険契約の申込みをするに至っており、本件保険契約の申込みについては、原告自身の判断に負う部分が極めて大きいといわなければならない。そして、被告乙山及び被告保険会社の松本の前記説明内容を考えると、原告の右判断は、原告本人尋問によって認められる原告の学歴及び経歴に照らしても、基本保険金額三億円の生命保険に入る者の判断としては、余りに軽率なものであったといえる。
結局、本件保険契約締結に際しての被告乙山及び被告保険会社の不法行為と対比しての原告の過失割合は、八割と考えるのが相当である。したがって、被告乙山及び被告保険会社は、原告に生じた損害の二割(前記五の1の損害については、八六四万七二一八円)の限度で損害賠償義務を負うものというべきである。
5 弁護士費用
前記1ないし4において認定した被告乙山及び被告保険会社の賠償すべき損害額及び本件訴訟の困難の度合いからすると、被告乙山及び被告保険会社は、本件訴訟の弁護士費用として、原告に対し、九〇万円を賠償すべきである。
六 結論
よって、原告の被告保険会社、被告銀行、被告保証会社及び被告乙山に対する主位的請求は理由がないから棄却し、原告の被告乙山及び被告保険会社に対する請求は連帯して九五四万七二一八円の支払を求める限度で理由があるから認容し、被告乙山及び被告保険会社に対するその余の請求並びにその余の被告らに対する請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官園尾隆司 裁判官森髙重久 裁判官古河謙一)
別紙保険契約目録、融資契約目録、物件目録、登記目録<省略>